2019年最初の記事は、新企画。今年から新たな試みとして、サイクリストに関連する科学論文を紹介していきたいと思う。
今回紹介するのは、昨年の2018年10月に発表されたばかりの論文で、ダウンヒルポジションのエアロダイナミクスに関する論文。因みに、その研究の一部は2017年4月28日のLinked inの記事にてアナウンスされたもので、今回のはそのフル版で論文化されたものとなる。
論文概要
5 amazing descents in honour of Chris Froome’s daring downhill attack https://t.co/1zuC8ddAia pic.twitter.com/SHyckkhhGw
— Canadian Cycling Mag (@CanadianCycling) 2016年7月9日
2016年のツールドフランス第8ステージでクリス・フルームが見せた独特なダウンヒルポジション(上の写真)はエアロダイナミクス面で特段優れているわけではないということがアイントホーフェン工科大学(オランダ)のBlocken教授らの研究によって判明した。成果は、2018年10月に出版されたJournal of Wind Engineering & Industrial Aerodynamicsに掲載された。
これまでロードレースにおけて、ダウンヒルの際、選手らによって様々なダウンヒルポジションがとられてきた。しかしながら、それらのポジションに関して科学的な検証は行われていなかった。
Blocken教授らは、CFD(Computational Fluid Dynamics, 数値流体力)シミュレーションを用いて、15種類の異なるダウンヒルポジションを調べた。
解析の結果、11種類の許容されているロードレースポジション中、“フルーム”ポジションは7番目に速く、トップのポジションより7.2%遅いことが判明した。
筆者らは、多くのダウンヒルステージにおいて、空力性能のほか、高いペダリング及びハンドリング能力もまた重要であると指摘し、それらの点においても“フルーム”ポジションはベストではないと結論付けている。
尚、最速のポジション(“スーパーマン”ポジションを除く)は、トップチューブ後方に座り、胴体を可能な限り水平にし、頭の位置を低くしたペーター・サガンのポジション(下の写真)となる。
Peter Sagan’s descending style is the quickest, new study finds. Find more here: https://t.co/qmwLpiKWzy#Sagan #Froome #study pic.twitter.com/09Eli2s8B1
— Cycling Today (@CyclingTodayEn) 2017年5月8日
詳しい実験の内容やポジションの図解等に関しては、原著論文(下記リンク)を参照してほしい。論文自体はオープンアクセスなので、誰でも閲覧可能である。
Blocken, B., van Druenen, T., Toparlar, Y., & Andrianne, T. (2018). Aerodynamic analysis of different cyclist hill descent positions. Journal of Wind Engineering and Industrial Aerodynamics, 181, 27-45. DOI: 10.1016/j.jweia.2018.08.010
批評
以下、論文に対する批評という名の個人的なただの感想である。
プロのロードレース選手のポジションに科学的なメスが入ったというだけでも大変興味深い内容である。結局のところ、フルームのあのポジション(Position “Froome”)は、きつい体勢に見合う高いエアロダイナミクス性能は得られなかったということになる。つまりは、コストパフォーマンスが悪い、と。胴体を水平まで傾けた下ハンポジション(Position “Back horizontal”)で“フルーム”ポジションと同程度のエアロダイナミクス性能を得られるなれば、もはやそのポジションを取る意味はほとんどないと言える。
また、“フルーム”ポジションと同様に、通常のドロップハンドルの上ハン部分に肘を置くTTのようなポジション(Position “Elbows”)も、あまり速くないことが同研究結果から判明している。それよりも、胴体を水平まで傾けた下ハンポジション(Position “Back horizontal”)の方が速いという。私も経験はあるが、このポジションは即座にブレーキング出来ないことに加え、ハンドリングも不安定で、かつ当たっている部分の肘も痛くなるので、デメリットが非常に大きい。となると、もはや“すべきではないレベル”である。
この論文のもう一つの面白いところは、フルームが何故あのステージで独走し、勝利することが出来たのかという点についても考察で触れられている点である。そこでは3つほど理由が述べられているのだが、いずれもフルーム自身の能力には一切触れられていない。個人的な意見としては、4つの山岳を超えてもなお力強く踏み込める程の体力を残し、かつ高いコーナリング技術を持ち合わせていたフルーム自身の能力によるところが大きいのではないかと考える。実際、最後のペイルスルド峠を通過した後もハイペースでペダリングを続けていた。
最後に、ランキングの上位に示されたポジションはいずれも、ハンドリングしにくかったり、体勢を崩しやすかったりと、様々な危険をはらんでいる。これらのポジションは、あくまで十分なトレーニングと経験を積んだプロのロードレース選手だからこそ出来る(して良い)ものであって、一般のサイクリストが安易に真似していいようなものではない。
安全面に配慮したダウンヒル時のエアロポジションとしては、胴体を水平まで傾けた下ハンポジション(Position “Back horizontal”)か、その前傾角度を更にきつくした下ハンポジション(Position “Back down 1″)が挙げられ、少なくとも上で述べたTTライクなポジション(Position “Elbows”)よりも遥かに高いエアロダイナミクス効果が期待できる。